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赤目で君を見つめる

 気がついたときには君の歌が好きだった。どこで出会って、いつ好きになったのかもはっきりしない。防犯カメラは、肝心なところで瞬きをするのをやめて。映っていない始まりの代わりに適当な一日に線を引いて、ここからです、と決めてください。

 学校でもない場所へ、ずいぶん真面目に通った。君を探して何度も歩くうちに、いけ好かないヤツであふれる道玄坂は、いつしか僕の通学路になった。話し声、香水の匂い、信号が青になった瞬間に一斉に動き出す足、全部が少しずつ気に障る。なんて都合の良い人間でしょうか。それでも、身体をたしかに揺らす808が、ストラテラよりも早く頭の中のぐるぐるを少しだけ止めてくれた。だから嫌いになれなかった。

 今日はどの曲を歌うのだろう。どんな言葉を選び、どんな声で終わらせるのだろう。でもそのすぐ後ろには、最後の一音が途切れたあとの君の顔が浮かぶ。髪型。服装。そんなことを、繰り返し考えてしまう。

 終わった会話を、僕だけがまだ続けている。数秒で途切れた声や句点ひとつない返信が不自然なほど長く残る。スマートフォンはとっくに替えたのに、言葉だけはきれいに引き継がれた。僕だけに向けられたものではない。分かっている。分かっているという言葉は、何ひとつ諦められていない人間がよく使う。

 僕はいつも、知っているわずかな部分に、知らない君を都合良く書き足す。暗いフロアでその歌を聴くと、自分だけが隠していたはずのことを、ずっと前から知られていたような気持ちになる。君が言葉にした寂しさは僕のものではない。それなのに、似たような傷を見つけては勝手に自分の話だと思い込んだ。救いと呼ぶには少し大げさで、救われなかったと言うには、あまりに何度も聴いていた。

 バーカウンターの前まで、知らない誰かの低音が空間を震わせて届く。いつもより耳に響いている。誇張された音が、照明の色が。やけに心地良い。頭の中にあったはずの余計なものは少しずつ遠ざかるのに、君のことだけは一層増して鮮明になっていく。

 暗闇に浮かぶ頬を、伏せた目の影を、僕はたぶん見つめてしまう。歌を待っているつもりで、君の姿を待っている。あの曲を聴きたい気持ちが、見慣れたはずの顔を確かめたい気持ちが、いつも同じ場所に仲良く並ぶ。僕が知っているのは、数分間の歌の中に折り畳まれた君だけだ。何度再生しても、その外側には行けない。フロアへ落とされた一瞬の視線に意味を欲しがり、その意味が初めから存在しないこと。よく分かっている。だから余計に、この目が嫌になる。

 君が歌にした誰にも馴染めない夜や、自分から逃げられない朝を、なぜか知っている気がした。僕にも似たような生活があったから、君の言葉を好きになった。そのくせに、同じ場所に居たような顔をしながら、ステージに現れた君を別の視線で眺めてしまう。

 何も分からないまま大人になりました。口の中の乾きが消えないまま、マリブコークに背中を押され、ステージの最前列へ向かう。

 泣いたわけでも、眠れなかったわけでもない。

 ただ、真っ赤に充血した僕の瞳が、君を都合良く見つめている。

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