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天使の羽が揺れる

 プレガバリンで身体が心地良く震えている。好きなんだ。この感覚が。あたたかい電流が末梢神経まで流れるとき、世界はほんの少しだけ正しくなる気がする。1gにも満たない量のこの物質が身体を支配するんだよ。僕って、なんて単純なんだ。

 最近、週末はここぞとばかりに外に出る。これまでの人生、一貫してインドアを称号にしていたのに、気がつけば家にいる時間はめっきりと少なくなった。
 その理由の1つに、僕は音楽が好きで、夜はクラブに行くことが増えた。もっとも、「音箱」と呼ばれる、音楽を聴くことが目的のクラブに行くので、別に社交的になったわけじゃない。ひとりで好きなだけ、音楽に身体を委ねる。音箱にはそれを咎める人は誰もいないから、僕はこんな夜に紛れ込める。
 クラブに入るとき、僕は慣れた手つきで、プレガバリンの入ったポーチを汗拭きシートの影に隠す。この瞬間だけ少し緊張して、バッグの中身をセキュリティに見せる腕がグッと硬くなる。
 バーカウンターでペットボトルの水に交換すると、そのまま一目散にトイレの個室に駆け込んだ。アルミシートからカプセルを取り出す。パキッと小気味のいい音が響き渡る。カプセルが手のひらの上で転がるたびに、僕は羽を広げる。バレないためにも慌てて飲み込んで、すぐフロアに駆け出した。

 少し前、メンタルクリニックの予約を取ろうとして、数か月間も悩み続けたことがある。結論が出てしまうのが怖くて、身動きが取れなかった夜のことを思い出すと、今夜カプセルを手にする意味が腑に落ちる。
 自分を救うことは手間も金もかかる。手続きも面倒だし、待たされるのが嫌になる。だから、すぐ効くものに手が伸びてしまう。安くてすぐ効く。単純で説得力がある。けれど、それが勇気とか美学なわけじゃない。単なる選択の結果だと思う。後で払う代償はあるかもしれないけど、そのときはまた別の話だ。とりあえず今は、この静けさがありがたい。笑えるくらい単純な救いだとしても、今の僕の助けにはなる。

 今日もフロアは人で溢れている。音楽が鳴り、人は踊り、新しい朝が来る。それでも僕の時間は止まったままで、時計の針だけが嘲るように進む。止めたいのか、それとも止めたくないのか、今はよくわからない。僕はただ、忙しなくその狭間で揺れている。
 重低音で空間が振動し、呼吸が浅くなる。世界がだんだんと単純になっていく。

 身体は今、多幸感に震えている。

 誰か、僕を抱きしめてよ。

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