
ストラテラが、僕の名前を呼ぶとき
部屋の空気が重くて、息が詰まった。22時、僕は家を飛び出した。たまには付き合ってあげる。僕はhyperactivityだから、こうなるのは仕方がない。
慣れたルートで秋葉原に訪れた。店のシャッターは閉じていて、描かれたロゴと文字だけがまだ働いているかのようにそこにある。歩道の端に並ぶペットボトルで溢れかえるごみ箱は、昼の喧騒の香りがきつく残っていて、疲れ気味の自動販売機のライトが静かに瞬く。終電前の秋葉原はあまりにも殺風景なのに、それでいて通りには人がいる。酔ったサラリーマン、呼び込みをするコンカフェ嬢、夜を楽しむツーリスト。僕は誰の呼びかけに応える気もないけど、僕と同じ人がそこにいて、心からこの街が好きだと思える。
前回の診察で、主治医はストラテラの増量を提案してきた。副作用はせいぜい満腹感と性欲の減退ぐらいで、すっかり僕の身体に馴染んでいる。
薬が効いている間、衝動は角を落とされて、僕の輪郭がそっと丸くなる。やり場のない高ぶりが静まり、短絡的に飛びつきそうになる思考は落ち着きを取り戻す。便利で、確かに生きやすくなる。けれどその分、感情の鮮度や瞬間の尖りが薄れていく感覚は、ストラテラを飲み始めたときから何も変わっていない。僕はそれを、「楽になる代わりに何かを忘れてしまうこと」として感じている。人に迷惑をかけない僕と、本当の自分を晒す僕の間で、いつも均衡を取らされている。だから、薬の増量は単なる用量の話ではなくて、誰にどう見られたいかを選ぶことのように思えてくる。
ストラテラをやめたとき、僕は白い目に晒される。それが本当の僕だったとしても、決して受け入れられることはないでしょう。僕はそれを知っているから、毎日が寂しくて仕方がない。
歩いていると振り向きたくなる。食欲が湧くと食べるまで収まらなくなる。そうやって、1人の夜に本当の僕に出会う。明日の診察までに、ストラテラを80mgに増やすか、40mgのままにするか、決めなければならない。決断は明日やってくる。ストラテラが、僕の名前を呼ぶ。
心地良い眠気が出始めたので、駅へ向かって歩き出した。途中のコンビニでじゃがりこを買い、歩きながら頬張る。すれ違う人たちには目もくれず、見せびらかすようにボリボリと大きな音を立てて、自分の存在を確かめるように歩く。その瞬間、僕は秋葉原のキャラクターの1人になる。
横断歩道を渡る先頭の、車道との境界に立つ。車が僕の前を横切るたびに、明確に生を選択したことが実感できる。僕は、この場所が、ああ、1番安心する。