
ごめんね、昔の僕
退勤後の帰路で、秋葉原の街角で、クラブの隅で、君の視線を感じた。僕はそのたびに、「ごめんね」と素直に言いたかった。
君が言いたいことは分かるよ。僕は幸せそうで、それが気に食わないんだろう。そんなことはお見通しさ。
でもね、君が憎んでいるその幸福は、才能でも根性でも、ましてや突然空から降ってきた祝福でもないんだ。君が見ている以上に、この天国は息が苦しくて、最も残酷な青で染まっている。
君はきっと、今の僕を裏切り者だと思っている。あの泥の底で一緒に腐るはずだったのに。ひとりだけ岸へ上がって、呼吸の仕方まで覚えやがって、と。
けれど違うよ。僕は泳いだんじゃない。ただ沈み方を変えただけだ。喉に流し込んだ名前のある救済で、死に切れない形に作り替えられただけなんだ。だからこの幸せには、ちゃんと犠牲がある。切り捨てた衝動、去勢した怒り、鈍くなるまですり潰した絶望。その全部の上で、今の僕はようやく人間の真似をしている。
君を置き去りにして幸せになってなんかいないよ。君が取りこぼしたあの日も、飲み込めなかった言葉も、誰にも言えずに爪で引っ掻いた孤独も、ちゃんと連れてここまで来た。だからこれは単なる自慢なんかじゃなくて、君に対する僕の懺悔であり、君に捧げるレクイエムだと思ってくれたら嬉しいな。
僕はそこに辿り着くまでに、何度も君を殺した。泣き喚く喉を薬で塞いで、些細な希望にすがる指を一本ずつへし折って、明日を信じたがる目に布をかけた。そうでもしなければ、生き残れなかったから。
優しくしたかったよ、本当は。でも優しさじゃ間に合わなかった。ココは君が思っているよりずっと硬くて、寂しくて、容赦がない。だから僕は、君のやわらかい部分から順番に腐らせていった。夢を見る力も、誰かを愛する力も、自分が報われるかもしれないと勘違いする力も。たくさんの君の死体の上に、どうにか立っていられるようになっただけなんだよ。
青いカプセルが君を殺しまくる! 殺して、殺して、殺して、殺しまくる! 逃げても隠れても無駄なんだ。天国で生きるためには仕方ないんだ。ごめんね。
でも、実のところ、君は死んでなんかいない。それは分かっている。僕が殺したつもりになっているだけで、君は今も僕の底のほうで膝を抱えている。人に優しくされるたびに睨み返して、穏やかな未来の話をされるたびに吐き気みたいにせり上がってくる。僕は君を弔ってなんかいない。
……ねえ、君。ストラテラって知ってる? プレガバリンって聞いたことある?
また今度、時間のあるときにゆっくり教えてあげるよ。